定年後とお金、「超☆高配当株 投資入門」(かんち著)の書評

本書と著者「かんち」さんについて

 著者の「かんち」さんは、1961年生まれで三重県在住の投資歴40年の個人投資家で、20代の時から株式投資を始め、2024年4月時点での保有資産額は8億円を超えた。

 デイトレードで儲けるタイプではなく、「買ったらほとんど売らない」という、「貯株」或いは「ほったらかし投資」型の投資スタイルである。

 著名な個人投資家で、日経新聞等のメディアでもたびたび取り上げられているが、

意外にも、今まで出版の依頼は断ってきたこともあり、本書が始めての著書である。

 本書のフルタイトルは、「ほったらかしで年間2000万円入ってくる 超☆高配当株 投資入門 『自分年金』を増やす最強の5ステップ」と非常に長い。

 本書は、Part1 高配当株を見つける5つのステップ、Part2 10万円から始める「自分年金」資産1億円への道、Part3 最強の高配当株×優待株、Part4「買い」「売り」9つの法則、Part5 生活費をすべて株でまかなう投資術、の5章から構成されている。

 しかし、冒頭の「ちょっと長めのPROLOGUE」、各章末の「かんちCOLUMN」、「EPILOGUE投資以前に大切なこと」という、投資スキル・ノウハウではないが、著者のかんちさんの経歴、人柄、ライフスタイル、投資哲学的なものがうかがわれ、ここは非常に興味深いと思われる。

 成功した個人投資家の投資ノウハウに関する書籍は山ほどあるが、その投資術(その投資家が過去に買った銘柄を買う等)をそのままコピーしたところで上手く行くわけではない。

しかし、その投資家の哲学や姿勢は普遍的に参考になるところも多いと考えられるからである。

 https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BB%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%A7%E5%B9%B4%E9%96%932000%E4%B8%87%E5%86%86%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8B-%E8%B6%85%E2%98%85%E9%AB%98%E9%85%8D%E5%BD%93%E6%A0%AA-%E6%8A%95%E8%B3%87%E5%85%A5%E9%96%80-%E3%80%8C%E8%87%AA%E5%88%86%E5%B9%B4%E9%87%91%E3%80%8D%E3%82%92%E5%A2%97%E3%82%84%E3%81%99%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%81%AE%EF%BC%95%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97-%E3%81%8B%E3%82%93%E3%81%A1/dp/4478119945 

かんちさんの特殊事情等について:ちょっと長めのPROLOGUE

 保有資産が8億円という、普通では到底到達できないような成果を上げた伝説的な個人投資家なので、何か特殊事情・特殊能力があって、自分の参考にはならないかも知れないという不安があった。

 確かに、本書を読むと、一般の人とは少し異なるバックグラウンドがある。

 まず、かんちさんが20代前半の社会人の時に、おばあさんと一緒に暮らすために、おばあさんの家に引っ越したということがある。そこは、名古屋まで通勤できなくはない範囲の三重県の田舎ということであるが、大きな敷地とお屋敷で、家賃や住宅ローンの出費は無かったという事情がある。

 また、かんちさんはパチンコの腕が素晴らしく、20代の頃は、消防士の給料とは別に、パチンコで年240250万円稼いでいたそうだ。日本社会は企業でも公務員でも年功序列型給与体系なので、若くて投資資金が捻出しにくい時に、このパチンコの副業収入が投資の原資になったというのは、一般人には真似できないところである。

 それから、かんちさんが三重県のおばあさんのお家に暮らし始めた時から、仕事は消防士(公務員)であった。消防士の勤務体系は特殊で、丸1日出勤して、翌日は丸1日という勤務スタイルで、出勤日は丸1日拘束されるようである。そうなると、仕事帰りに飲みに行くという浪費はしにくく、また、田舎であったことから、余計な出費につながる様な都会の誘惑とは無縁であったと考えられる。

 また、かんちさんは、おばあさんもお父さんも、経験豊富な個人投資家という事情があり、若い時から投資を始めたのはお父さんの影響が大きいということだ。当時は今のようにネット証券は無いし、株式の最低投資金額も今より高かったので、若くてお金が無い時から株式投資を始める人は珍しかったと思う。その意味で、この環境はプラスに働いているだろう。

 以上が、一般の人よりは有利と思われる、かんちさんの特殊事情である。

とは言え、投資原資を相続で得たとか、月々の投資資金を親から援助してもらっていたという訳では無いので、かんちさんの成功体験は普通の人に取っても十分参考にできるのではないかと思われる。

 また、これが凄いのだが、かんちさんは20代の時に結婚され、お子さんも2人いる。

したがって、よくある節約名人の様に、手取りの8割を貯蓄に回すとか、月5万円で生活するという無茶なことはやっていない。その点は、独身の節約家との大きな違いである。

投資資金を無理して捻り出すことよりも、長期間、コツコツと投資を継続できたことが勝因なので、この点は非常に勇気づけられる。

 ポイントは、PART 2の「10万円から始める『自分年金』1億円への道」

 本書の多くの部分、例えば、PART1PART 3PART 4は個別株式の発掘法やおすすめ銘柄についての紹介である。

 しかし、私は個別株式投資に興味はなく、インデックスで海外株式に積立投資をすることを考えている。

 従って、本書で最も参考になったのは、PART 21億円の資産形成するまでのノウハウとプロセスである。かんちさんは資産8億円に到達されたわけだが、私を含め多くの読者は8億円を狙っているわけではないだろう。気になるのは、1億円までのプロセスではないだろうか?

 この点、本書のかんちさんの手法は、一般人でも十分実戦できるものであり、「毎月の積立金額8万円(年間96万円)を想定利回り8%で30年間運用すると、最終積立金額は119228756円」、これである。

 「年額100万円を貯金できる人であれば、30年あれば資産1億円の達成は十分可能だと思います」、ということに集約されている。

 もちろん、年に100万円は厳しいか、想定利回り8%は楽観的だとか、30年は気の遠くなる未来だ、という批判はあるかも知れないが、それぞれ、各自が出来る範囲でやればいいのである。

 例えば、月5万円(年間60万円)、期間10年で、想定利回りを5%にしても、776万円となり、老後資金の追加分としてはそれなりの金額である。もし、40代から始めて20年間運用するとなると、2,055万円にもなる。こうなると、退職金がもう1つ作れてしまうレベルである。

 結局、これをやるかやらないかの分かれ道となるのが、「月8万円」を積立投資用に捻出できるかどうかである。かんちさんによると、サラリーマンや公務員は年2回のボーナスがあるので、「毎月5万円、1回のボーナスから20万円を投資原資にしろ」ということだ。

 そして、その際に重要なのが「節約」ということである。

本書は節約指南書でないので、具体的な節約ノウハウには触れていないが、かんちさんは「(優先順位が)2番目、3番目の」支出項目を削減しろと述べている。優先順位が1番目の好きな事を節約すると、ストレスで長続きしないからだ。

 節約によって、月数万円(ボーナス時にはもっと)を捻出できるか否かが、10年後には大きな差を生むのである。 

かんちさんの投資方針について

 かんちさんの投資スタイルについては、本書のPART 1PART 3PART 4で、いろいろと書かれているが、全て日本株の個別株投資に関する話である。

 外国株式、外国債券、インデックス投資については全く言及されていない。

おそらく、外国株式・債券投資や、インデックス投資に対して否定的ということはないと思料されるが、かんちさんの場合は、国内株式投資のみによって大成功したので、それ以外の投資については単に必要は無かったということであろうか?

 ただ、PART 2の1億円までのプロセスの章で、金融庁の積立シミュレーションソフトを取り上げ、「想定利回り」に言及しているので、ある程度の想定利回りが期待できる投資対象であればOKという趣旨ではないだろうか?

 老後資金を今からコツコツ貯めるのが主目的であれば、日本の個別株投資をやらなくても、SP500とかオルカン(オール・カントリー)に積立投資をすれば良いと思われる。 

生活費をすべて株でまかなう投資術

 これは純粋な老後資金のための資産形成投資とは少しズレるが、私が面白いと思ったのは、PART 5の、いわゆる株主優待を楽しむ投資術である。

 株主優待で生活費を賄うというと、マツコの「月曜から夜更かし」で有名になった桐谷広人さんが思い浮かぶが、かんちさんも保有株数が多いだけあって、大したものである。

 https://www.amazon.co.jp/%E6%A1%90%E8%B0%B7%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E6%A0%AA%E4%B8%BB%E5%84%AA%E5%BE%85%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%83%A1-%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC-%E6%A1%90%E8%B0%B7%E5%BA%83%E4%BA%BA/dp/4396617453

 興味深かったのは、株主優待目当ての銘柄であっても、感知さんの場合、それなりの投資成果をあげている点である。一般的に、株主優待制度に熱心な会社は、本業の成長見込みが乏しかったり、人気が無い会社が多いと思われることがあるが、必ずしもそうとは言い切れないということだ。

 食品、お食事券、金券等、株主優待には思っていた以上の種類があり、定年後の趣味の一環として、株主優待が主目的の投資もありかなと思った。

その場合は、他の純投資とは切り分けて、例えば、100万円とか50万円を株主優待銘柄に分散投資してみるというのをやってみたい。そうすると、株主優待の物やサービスを消費するために、あちこち外出する機会もでき、定年後の楽しみの1つになるかも知れない。

 FIRE後のリアルライフ

 本書で気になったのは、PART 4の章末にある「かんちCOLUMN」の「FIRE後のリアルライフ」である。

 かんちさんは、49歳の時(2011年)に、資産が2億円になったのを機に、それまで20年以上働いていた消防士の仕事を辞めることとした。

 このため、十数年間は、株の配当金を中心に生活をするFIRE状態となっている。

 ここで私が「なるほど」と納得できたのは、かんちさんは、仕事を辞めてFIRE状態になっても、非常に規則正しい生活を続けられているということだ。

 日々のルーティンについては、本書の冒頭で紹介されているが、毎朝7時30分に起床で早起きを実践している。そして、8時30分には前日の適時情報開示・板をチェックし、続いて910時には保有株の株価チェックを行う。そして、10時から14時まではスポーツジムで長居をし、テニス、筋トレ、サウナ、マッサージ等をじっくりと楽しむ。その後の15時には引け後に適時情報開示をチェックし、18時には夕食、そして23時までは自由時間で、23時に就寝と、非常に規則正しい生活をしている。

 やはり、長期間、コツコツと節約しながら投資資金を捻出し、それを何十年間も継続できるというのは、自分自身を律することができるタイプなのである。

私は個別株投資に興味は無いので、一般的な読者とは違う箇所が気になっていたかも知れないが、本書は投資手法だけではなく、かんちさんの人柄、生活、哲学等もうかがえる非常に興味深い本なので、デイトレードではなく、コツコツと投資で資産形成したい人にはおすすめである。