定年準備としてお勧め、定年後を描いた小説3選

1.何故「小説」が参考になるのか?

 定年後の「お金」「健康」「趣味」「仕事」等に関するハウツー本は山ほど存在する。

本だけでなく、ネット上にもこの手のコンテンツは豊富に存在している。

 そこで、何故、定年後を扱った「小説」が定年準備においてお勧めなのかということである。

それは、小説は生活全般、家族(特に配偶者)、お金、仕事、恋愛、健康、地域社会、故郷、友人と、非常に多くの要素が絡んで来る。このため、「お金」や「趣味」等の部分のみを取り上げたハウツー本とはリアリティが全然違って来る。

 また、小説の場合には主人公や登場人物が存在し、その心や感情といった内面的な部分に焦点が当てられる。

 このため、定年後を扱った小説を読むと、自分にとって本当に大切なものは何か、実現したいものは何かという点が浮かび上がってくるのである。

 そして、有名な作家が書いた有名な作品は、文章の質も高いし、ストーリー展開も素晴らしいので、あっという間に読めてしまう。エンタメという切り口でも十分満足できるものも結構ある。

 従って、50歳を過ぎると、定年後を扱った名作を読んで見るのは、自分の定年後をイメージして行く上で非常に参考できると思われる。

 2.定年後を描いたお勧め小説3選

 私は定年後を扱った小説を20冊位読んでみたが、今回はそのうち3冊をご紹介したい。

もちろん、人によって好みがあるので、これ以外にも良い作品はあるだろう。

 例えば、城山三郎さんの名作「毎日が日曜日」とか、垣谷美雨さんのベストセラー「老後の資金がありません」も非常に良い本だが、前者は主人公が現役商社マンであるため、また、後者はエンタメ性が強く少しリアリティに欠けるところがあるので、今回は取り上げないこととした。

 ちなみに紹介する順番は、単に私が読んだ順番であり、順不同である。

 1)終わった人(内館牧子著)

 これは映画にもなった作品で、本自体は2015年に刊行された。

ストーリーは、東大卒の元エリート銀行員の主人公が銀行本体の役員になり損ね、出向先の子会社で定年を迎えたものの、仕事一筋だったため、仕事を持っている妻とは上手く行かず、図書館やジム通いで時間潰しをしていたところ、ジムで起業家と出会い、そこから仕事に復帰し、急展開して行くというものである。

 その過程において、妻との葛藤、自営業者の甥とのやりとり、恋愛、母親と介護、故郷と昔の友達、お金といった定年後の様々な要素が散りばめられている。

 非常にストーリー展開が早くて引き込まれ、あっという間に読めてしまう小説である。

 定年後を扱った小説の中では、特に「仕事」における「やりがい」にフォーカスしているのではないかと思われる。

 前職の銀行員としては出世は中途半端に終わり、定年後にだらだらしていた主人公が新しい仕事という機会によって在職中の輝きを取り戻したところは印象的である。

結果的に定年後の生活やお金を全て「仕事」に振るという行為が良かったのかどうかは別として、主人公は納得できたのではないかという気がする。

 2)孤舟(渡辺淳一著)

 続いては、「失楽園」でおなじみの恋愛小説の名手である渡辺淳一先生の作品である。

この本は2010年に刊行されたが、興味深いのは、Marisol(マリソル)という主として40代をターゲットとした女性誌に連載されていたということだ。

 40代女性に、何故定年後の60代男性が主人公のストーリーを読ませるのかという点にカギがありそうな気もするが、「あなたの旦那もいずれこうなるから、よく考えておきなさい」ということなのだろうか?

 ストーリーは、大手広告代理店の役員まで務めた主人公が、大阪の子会社社長ポストを打診されるも、突っ張って固辞して定年退職を迎えるという話である。エリートであるが納得の行くような出世はできず、不完全燃焼の状態で定年退職を迎えるという点では、先ほどの「終わった人」と共通である。

 定年退職後は、おなじみの流れで、仕事一筋で家庭への配慮に欠ける古臭い昭和的な性格が災いし、妻との関係は険悪になり、娘が自立したタイミングで、妻が娘と一緒に生活すると言って家出をし、ひとりぼっちになってしまう。そこで、主人公は一旦孤独に陥ったものの、自由な一人暮らしを謳歌するようになり、あげくに、デートクラブで出会った20OL女子に惹かれていくという展開である。

 「終わった人」と異なり、「孤舟」の主人公は特に仕事に復帰するわけではないので、本書は定年後の仕事、社会との接点、やりがいという面よりも、定年後の男性の恋愛や家族との葛藤にフォーカスした面が強いと思う。

 私は、定年後の「お金」や「仕事」への関心が高いため、恋愛系をテーマにしている渡辺淳一先生のこの作品にはそれほど期待はしていなかったのだが、さすが渡辺淳一先生だけあって、非常に面白くあっという間に読了してしまった。

 主人公の男性は私よりも当然年上なのであるが、主人公にどんどん感情移入して行き、定年後の「居場所」の大切さについて再認識することができた。

 本書も非常にお勧めである。

 3)定年ゴジラ(重松清著)

 3冊目は、今をときめく大人気作家の重松清さんの作品である。

読後に気付いたのであるが、この本の刊行は結構古く、1998年である。そして、驚いたことに、当時重松さんはまだ30代半ばである。この若さで定年退職者を主人公としたリアリティ溢れる作品を書けるなんて、有能な作家は違うなと感心した。

 ストーリーは、元銀行員の主人公が定年を迎え、郊外のニュータウンにある一戸建ての自宅で、同じ街の定年退職者達と共に、定年後の生活を送っていくというものである。

 特徴は「ニュータウン」が舞台ということと、定年退職者同士のつながりにもフォーカスしている点である。定年後の「仕事」とか「恋愛」という要素はほとんどなく、同じニュータウンの定年退職者仲間や、家族との絆を強く感じる作品である。

 前2作との違いは、主人公と妻、そして娘との関係が良好であることである。

この点は対照的であって、定年後は「家庭」に居場所を見つけるという選択肢もあり得るのだなと感じた。もちろん、それには定年までの自分の行動が重要であって、定年後に急に変わることは難しいかも知れないが。

 本書はそれなりに分厚い本であるが、これも一気に読めてしまう。エンタメだけの目的だけでも十分読む価値のある本だと思う。

 上の三冊を読んだ感想としては、定年後の「居場所」を予め見付けておかないと、定年後に苦労するということである。

 三冊の共通点としては、定年後に主人公の生活は一変するということである。そして、辛いことは、サラリーマン時代の肩書や経歴は全てリセットされてしまうということである。エリート銀行員とかエリート代理店の管理職だったとしても、定年を迎えるとただの「無職」であり、周りの人は、前職のことなど評価してくれないということである。しかし、自分自身は前職のプライドを引きずっているため、家族を含む周りの人達との関係は険悪になりがちということである。これが、ますます自分自身の居心地を悪くし、「居場所」がどんどん無くなっていくことに繋がってしまうのである。

 他方、三冊のうち、主人公が「仕事」に復帰するのは「終わった人」だけであるが、そこで主人公の生活は大変ではあるが充実したものに変わった。定年後の「居場所」として、「仕事」は非常に有力なカードであるというわけだ。

 これら三冊が刊行された時とは異なり、「副業」「ネットビジネス」が普及し、「ひとり起業」という選択肢も今は選べる時代になっている。もちろん、起業じゃなくても顧問でもバイトでも何でもいいが、何十年も仕事一筋の昭和的なサラリーマンは、定年後の「居場所」として「仕事」における可能性を模索するのが現実的じゃないかなあと感じている。