定年後と読書、おすすめミステリー短編集3選

1.読書は定年後の娯楽としてお勧めである

 現役時代は忙しく働いていて、趣味とか娯楽を持たないまま定年を迎えるケースがある。

そうなると、せっかく定年後に時間が出来ても、暇を持て余してしまうかも知れない。

 そこで、定年後の娯楽として、読書がお勧めだ。

何故かというと、時間が十分あるので、ゆっくりと落ち着いて読書を楽しむことが可能だからである。それに、何と言っても、読書はお金がかからない。ブックオフに行くと、ワンコイン(500円)で文庫本を数冊買うことが可能だろう。そうすると、1週間位は楽しむことができるのではないだろうか?

 サラリーマン時代は読書を楽しむ習慣が無かったのというのであれば、とりあえず、ミステリーあたりがお勧めだ。普遍的に人気のあるジャンルだし、じっくり考えながら読むのに打ってつけだ。

 いきなり長編は疲れるかも知れないので、とりあえず短編集から入っていくのがお勧めである。

 そこで、ミステリー短編集の名作はいくらでもあるが、私の独断と偏見になってしまうかも知れないが、今回はミステリー短編集のお勧めを3冊紹介したい。

 2.ミステリー短編集、お勧めの3

 ①満願 米澤穂信著

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 まずは、毎年のミステリーランキング常連作家の米澤穂信さんの名作、「満願」である。

これは2014年刊行だが、その年のミステリーランキング、「ミステリが読みたい」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」、「このミステリーがすごい!」(宝島社)において国内部門1位となり、3冠王に輝いた超傑作だ。

 本書は、以下の6つの短編で構成されている。

  •  夜景

警官には向かない男と周囲から見られていた川藤巡査が殉職をしてしまう。

川藤巡査は、「夫が刃物を振り回している」との女性からの通報を受け、彼は果敢にも現場に赴き、刃物を持って突っ込んでくる男に発砲した。しかし、川藤巡査はその男に首を切られて無くなってしまったのだ。川藤巡査は死ぬ間際に「こんなはずじゃなかった。うまくいったのに。」という言葉を言い残した。

 殉職した川藤巡査の上司であった柳岡巡査部長は、川藤巡査の兄と接触し、その真実を探っていくというストーリー。

 伏線も上手く張られ、驚愕の謎が浮かび上がってくる。

また、川藤巡査はいかにも現実世界でも存在しそうなキャラクターであるところも、妙にリアリティがある。非常にギッシリと詰まった読み応え十分の短編だ。

  •  死人宿

自殺の名所として知られている鄙びた温泉宿が舞台である。

探偵役の主人公は、元同僚で彼女であった佐和子に会うため、今はその温泉宿を訪問する。

すると、佐和子が温泉の脱衣所に置き忘れられていた「遺書」を発見し、3人の宿泊客のうち、誰が書いた遺書なのか調べるように主人公に相談をするという話。

 主人公は遺書を書いた宿泊客を特定できたかのように見えたが…

 話のつかみは面白くわかり易いものであったが、真相とそのポイントが私にはよくわからなかったため、ネット上のネタばれ解説を読んで「そういうことか…」と何となく理解できた。悪くは無いが、ちょっとしたモヤモヤ感が残るかも知れない。

  • 柘榴

ダメ男であるが何故か女性にモテる佐原成海という男がいた。

美人のさおりは、大学のゼミで成海と知り合い結婚する。母親は賛成したが、父親は反対する。しかし、デキ婚ということで、さおりは成海と結婚し、夕子と月子という2人の美人の姉妹を授かった。成海は結婚後、ろくに働かないダメ男で、遂に長女の夕子が高校受験を控えた年に離婚を決意し成海も同意する。ただ、何故か成海は娘たちの親権を欲した。さおりは当然猛反発し、裁判になるが、さおりはその判決結果と理由に衝撃を受ける。その背後に隠れていた事実は何だったのか、というお話。

 これはミステリーというより、幻想小説の様な雰囲気であり、また、米澤穂信さん特有のエグい話でもあるので、好き嫌いが真っ二つに分かれる作品。ある種のホラーと言えるかも知れない。

 私はもうちょっと具体的な本格系の話が好きなので、この作品は好みでは無いが、読書の中にはこれは「満願」の中で最高傑作という意見の人もいるようだ。

  •  万灯

主人公の伊丹は商社マンで、長年途上国において精力的に働き、非常に過酷な経験をしてきた。伊丹は現在バングラディッシュで天然ガスの資源開発に挑戦していたが、そのためのカギとなる村長のアラムが天然ガス開発に強く反対するため苦労していた。そこに、天然ガスの利権に係るライバル社も参入し、その責任者である森下と協働して、アラムの殺害を企てる。完全犯罪は成立したのかと思えたが…

 ハードボイルド調の作品で、ストーリー展開が早く引き込まれる。

そして、最後に大どんでん返し的な結末が待っている。

 長編一冊分の中味と驚きが詰っている、非常に良くできた面白い作品。

本作が「満願」の中でナンバーワンと評価する読者は多い。私もこの話が一番良かった気がする。是非読んでいただきたい作品。

  •  関守

伊豆半島の奥に、「死を呼ぶ峠」というオカルト的なネタがあった。

桂谷峠というところのカーブでは、4年で4件、死者5人の車の事故が起きているというのである。主人公のライターは、先輩から頼まれて、オカルト雑誌の記事を書くために、現地に赴く。その途中で立ち寄ったドライブインに立ち寄り、主人公はドライブインの店主のおばあさんに取材を進めて行くと…

 オカルト、ホラー系の話かと思いきや、その背後には、いろいろな事情があり、最後には、それらのパーツが一本に繋がる。これも評価が高い作品である。

  •  満願

探偵役の藤井は弁護士であり、学生時代に畳屋に下宿をしていた。

畳屋の店主の妻である妙子に、達磨市に連れて行ってもらったことがあり、その時に、満願が叶って両目が入れられた沢山の達磨を見る。藤井と妙子は1つずつ小さな達磨を買い、その後、藤井はめでたく司法試験に合格し弁護士となる。ところが、妙子は夫が作った借金返済を迫る貸金業者の矢場を殺害してしまう。藤井は弁護士として、妙子の正当防衛を主張したが第一審では懲役8年の実刑判決が下されてしまう。下宿していた際に、妙子に恩義を感じていた藤井は、量刑を軽くする目的で控訴審の準備をしていたのだが、何故か妙子は控訴を取り下げ、一審の刑が確定してしまう。その背景には何があったのかという事実を探っていくというお話。

 これも伏線の回収が上手く作られ、「そういうことだったのか」と納得できる秀逸なホワイダニット系の作品である。

 非常にバラエティに富む6つの作品が収録されているが、米澤穂信さんらしいダークさ、ブラックさ、人間の感情、執着などが共通テーマとして散りばめられている気がする。

 ミステリー短編集の名作の中でもトップクラスの出来栄えなのでは無いかと思われ、是非お勧めの1冊である。

 ②さよなら神様 麻耶雄嵩著

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 本短編集は2014年刊行で、各メディアのミステリーランキングの上位に入った人気作である。

 著者の麻耶さんは、日本推理作家協会賞の受賞者で、社会派・ハードボイルドとは異なる、意外な犯人、奇想天外なトリックを仕掛けることが得意の本格推理作家である。リアリティよりも、とにかく驚きたい、というミステリーファンにとってはピッタリの作品である。

 本書の前作「神様ゲーム」という長編小説があり、その続編に該当する短編集である。

本書の特徴は、鈴木太郎(鈴木君)という名前の自称「神様」の小学生がいて、「犯人は○○だ」ということでストーリーが始まることが特徴である。

設定上、鈴木君は神様なので言っていることは全て真実という前提で、周りの小学生の友達(久遠小探偵団)のメンバー達が、推理や捜査をするという点が特徴である。

 小学生達が主人公であるにも関わらず、遠慮なく、次々と殺人事件が発生し、鈴木君が最初に犯人の名前を指摘し、少年探偵団がいろいろと活動をしていく。

犯人は最初に特定されてしまうので、犯人当て、意外な犯人の妙味は無いものの、どれも大技が駆使され、アンフェアか否かのギリギリのところまで攻めているが、一応本格推理の枠には収まっているという評価の様だ。

好き嫌いが分かれる作風・構成だが、本格ミステリーがお好きな方にはお勧めである。

 ③花の下にて春死なむ 北森鴻著

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 1998年に刊行の、連絡短編集。日本推理作家協会賞を受賞した。

舞台は、世田谷区の三軒茶屋にひっそりと佇む「香菜里屋」(かなりや)で、そのバーのマスターである工藤が探偵役を務める。バーの「香菜里屋」にはアルコール度数の異なる4種類のバーが有り、マスターの工藤が作る創作料理はどれも絶品という設定。

 バーに来る常連客達が自分の生活に関して遭遇する「謎」を持ち込み、それをマスターの工藤が推理をするという、安楽椅子探偵もの。

 殺人事件のような重い事件から、日常のちょっとした恋愛話まで、「謎」の種類は様々である。ただ、どの作品もストーリーはかなり緻密に練られており、推理小説としての質は高い。

 わりと悲しい話、辛い話も多いのであるが、探偵役の工藤や常連客達には暖かみが溢れていて、暗い感じにはならず、読後感は決して悪くない。(この点、ダークな雰囲気のある上記2冊とは異なるところである)

本書の表題作である「花の下にて春死なむ」は、「香菜里屋」の常連客である20代フリーライターの飯島七緒が、30歳以上年上の俳人仲間の片岡草魚の火葬に立ち会うところから始まる。草魚には身元引受人がいなかったところ、飯島七緒は火葬後の骨の中に治療用の金属ビスを発見し、これを故郷に俳句のノートと一緒に返してあげようと旅に出る。

 草魚の出身地は山口県の長府ということはわかるが、飯島は調査に行き詰り、「香菜里屋」のマスター工藤に相談する。工藤は「草魚には故郷に帰れない事情があったのではないか」と言い、そこから、非常に重く悲しい真実が解き明かされていくというストーリー。

 このビアバー「香菜里屋」が舞台で、マスターの工藤が探偵役を務める連絡短編集は、本書以外に、「桜宵」(2003年刊行)、「蛍坂」(2004年刊行)、「香菜里屋を知っていますか」(2007年刊行)と3冊存在し、全4巻完結となっている。このため、本書を気に入れば、あと3冊楽しむことが出来る。どれも非常にレベルが高く、私としてはミステリー短編集としては、これが最も好きである。

 人情物×深い推理の両面を持つ本シリーズは、定年後或いは定年準備の時期に読むのに適している気がする。

 上記3冊以外にも、「短編ミステリー、おすすめ」で検索を掛けると、いろいろな名作を知ることができるので、短編ミステリーは定年後の読書としておすすめである。