定年後とお金、「となりの億り人」(大江英樹著)を読んでみた

1.気になるのはサブタイトルの「サラリーマンでも『資産1億円』」

 本ブログは、「定年後のお金」、即ち、老後資金をテーマにしているので、別に「億り人」を目指す必要は無い。

 しかし、本書「となりの億り人」のサブタイトルの、「サラリーマンでも『資産1億円』」には惹かれるものがある。会社経営者、開業医、芸能人等、年収が凄く高い人達が莫大な資産を築いたというような話は、再現性に欠け、サラリーマンには参考にならない。

 しかし、サラリーマンで「億り人」になった人達がいるとなれば、何らかの参考になるのではないかという期待が持てる。

https://publications.asahi.com/product/23306.html

 実際、本書の59頁以降「2 サラリーマン編」は、特に親から相続したわけでもなく、役員等の出世によって年収が爆増したわけでもなく、「驚くほど多くの資産を築いた人」を著者が見てきたということなので、非常に興味深いし、勇気づけられる。

 2.サラリーマンで「億り人」になった人達の行動や思考

 著者は野村證券で25年もの投資相談業務を経験してきて、その中で、「億り人」になったサラリーマンを何人も見てきたわけだが、そういう人達にはいくつかの行動や思考における共通点があるという。それらを整理すると、以下の様な感じだ。 

(1)天引きの習慣を身に着けている

 サラリーマンは、経営者やスポーツ選手の様に、年収を一気に上げるということが出来ない反面、収入が安定しているという強みがある。

 サラリーマンが「億り人」になるには、この安定性を利用するしかない。

短期間で一気に蓄財をすることが出来ないのであれば、コツコツと長期間継続して頑張る他無いのだ。

 その点で、真っ先に身に着けるべき習慣が、給与からの天引きである。

著者の大江さんによると、予め一定の額を「天引き」することによって、最初からその分を視界から消す、それによってたとえ少しずつでも着実にお金が貯まって行くのだという。

 大江さんによると、この天引きは別に積立投資に回さなくても、当面は貯金のままでも構わないという。

 そして、ある程度、天引きが軌道に乗り、生活費の2年分位の貯金が出来た後に、投資を考えればいいのだとう。ちなみに、生活費の2年分位の貯金を持つ趣旨は、リスクヘッジのためということだ。最近では、大企業でも経営が傾いたり、大規模リストラをやったりすることがあるので、大手のサラリーマンとは言え100%安泰なわけではない。そこで、いざという時に備えて、生活費のストックを作っておくということだ。

 サラリーマンで「億り人」を目指すのであれば、まずは、天引きの習慣を身に着けることだ。 

2)生活パターンを確立 ~「本多式四分の一貯金法」 

これは上記(1)の続きであるのだが、先ほどの天引きに関して、大江さんは「本多式四分の一貯金法」を推奨されている。

 本多式とは、明治から昭和にかけて植林、造園、産業振興等多方面で活躍し、同時に投資によって巨額の資産を築いた本多静六という方が取っていた方法である。

 本多静六さんは、大学で教鞭を取っていた、いわばサラリーマンであり、給料等の定期収入の四分の一を貯金し、賞与などの臨時収入は全額貯金に回すという方法である。

 FP的には、額面年収の2割を貯蓄に振り向けることが出来れば優秀ということなので、四分の一となると、かなり厳しいと思われる。更に、ボーナスは全額貯蓄に回すというのはなかなか真似が出来ない。

 ただ、著者の大江さんによると、四分の一が無理でも、少なくとも12割は貯金に回すのが望ましいということだ。 

3)何でも自分で考える

 サラリーマンが「億り人」になるのが難しい理由の1つとして、周りに資産家が多くないから、蓄財法について教えてもらえないということがあるらしい。

 しかし、投資に関しては、銀行、証券会社、保険会社、不動産会社等は、まずは自社の利益を考えるので、その言いなりになっていては、投資で儲けることは難しい。

 このため、金融機関やメディアの言うことを無批判的に受け入れるのではなく、その是非について自分自身で判断できるようになる必要がある。

 これについて、大江さんは、わかり易い2つの例を挙げて説明している。

それは、ローンと保険である。

ローンと言っても住宅ローンの場合は、最近の東京の不動産の高騰を考えると、必ずしもネガティブなものとは限らない。しかし、高額のモノやサービス(クルマ、耐久消費財、ブランド物、飲食代、海外旅行代等)のためにカードローンを使っているようでは、高額消費に加え、高い金利まで支払うことになるので、蓄財の大敵である。

 また、保険については、日本人は掛け過ぎの人が多く、高額の保険をかけていてもそれによってお金持ちになることにはならないので、こちらも蓄財を阻害するものだという。

 大江さんによると、サラリーマンで「億り人」になった人は、「欲しいものはローンで買えばいい」とか「保険は加入しておいた方が安心だ」という考えに飛びつくことは無く、自分の頭で考えてその必要性を判断できるのだという。

 収入で大幅なアップサイドを望めないサラリーマンが「億り人」を目指すのであれば、天引きによる貯蓄の習慣に加えて、知恵や知識も必要とされるということだ。

3.投資信託への投資で守るべき3つのこと

 「億り人」を目指すべく、給与天引きの習慣化に成功し、生活費の2年分の貯金に成功した。

また、自ら投資に関する勉強をすると同時に、節約も積極的に行い、自分の頭で考える思考法も習得出来たとする。

 すると、次のステップは投資の開始である。

本書では投資対象として、株式投資や不動産投資も記載されているが、ここでは比較的サラリーマンが取り組みやすい投資信託への投資について紹介する。 

  • 大切なことは投入する金額の多寡

 「投資信託は少額からでも投資可能である」、「投資信託は分散投資を基本とするので、相対的にリスクを抑えた投資が可能である」と、投資信託がポジティブにとらえることがある。

 しかし、大江さんは、この点はシビアに切れ込み、少額投資では大して貯まらないし、投資信託がリスクを抑えた投資ということは反対にアップサイドの可能性も抑えられということだと、手厳しい。

 例えば、毎月5万円を年利3%で運用しても1億円を達成するには68年かかる、毎月10万円でも46年後という。

 従って、大江さんが見てきた、投資信託で「億り人」になった人の共通点は、投資額を増やしていったことにあるという。

 もっとも、日本の大企業のサラリーマンの場合、年功序列で収入は増えていくパターンが多いので、年収増に応じて、如何に投資信託の積立投資額を増やして行くことは可能だろう。 

  • 暴落をした時が明暗を分ける

 大江さんによると、投資信託で大きく資産を増やした人は、多かれ少なかれ、どこかの時点でリスクを取って勝負しているのだという。

 具体的には、リーマンショックの様な暴落時に、普段の積立投資とは別に、かなりの多くの金額の投資をするということである。

 しかし、これは言うは易く行うは難しである。

暴落時には、既存の積立投資資産の価値が下落して凹んでいるのに、その時にあえて多額の投資をして勝負をするというのは非常に勇気がいる。

 それに、暴落時に追加投資をすることができる金銭的余裕もあることが前提だ。

 もっとも、大江さんによると、自営業者は収入が保証されているわけでは無いので、大なり小なり、リスクを取っている。例えば、店舗を増やす場合においても、借入をして、人を雇って、勝負をしているのである。だからこそ、成功した時にはレバレッジが効いて多額のお金を手にすることが可能なのである。

 サラリーマンは普段は仕事で自営業者の様なリスクを取っていない分、多額の蓄財をしようと思えば、どこか別の形でリスクを取って勝負をしないと行けないという厳しい話である。 

  • Stay in the marketという知恵

 これは、投資信託の積立投資を長年行っていると、相場上昇時には利食いをしようかと思ったり、相場下落時には不安になって売りたくなる時もあるだろう。

 しかし、大江さんによると、そこは我慢して、途中で売ったりせずに、いかに「ほったらかし投資」を出来るか、すなわち延々と持ち続けることができるかがカギだという。

 大江さんは、この点、株の名著「敗者のゲーム」(チャールズ・エリス著)からのデータを紹介している。

 SP5001982年から2000年までの18年間の値動きを調べると、最も株価が上がった上位30日だけで上昇幅の4割近くが占められていたということである。

 それは、その30日間だけ市場にいたら短期間で大儲けできた反面、その30日間市場にいなかっただけで収益の4割近くが失われることになるということだそうだ。

 この30日間がどのタイミングで来るのかを事前に知ることは決してできないので、それを享受するにはずっと市場に居続けなければならないということだ。

 それがStay in the marketを出来るかということである。

上記(2)では、暴落時には勝負して買い増しすることが投資信託で蓄財するためのポイントだということであったが、それができないのであれば、少なくとも既存の積立投資を売ることなく持ち続けることが大事だということだ。

 4.感想

 書店に行くと、誰でも簡単に「億り人」になれる!、という軽いノリの書籍が溢れているが、

現実的かつ真実の投資を追求する大江さんは、そんなに簡単ではないとバッサリ切っている。

 もちろん、サラリーマンはその強みである安定性を活かして、本書の通りに取り組めば「億り人」になる可能性は有る。例えば、毎月10万円の投資を年利5%で回せた場合には、30年後には8,323万円になる。また、毎月15万円にすると、30年後には12,484万円にもなる。これに退職金を加えれば余裕で「億り人」だ。

 しかし、人生何が起こるかわからない中、30年というのは非常に長い話だ。

かといって、もっとその時期を早めたいのであれば、暴落時に追加投資をできる勇気と投資資金が必要となる。

 もっとも、これはサラリーマン一般の話であって、老後資金の形成という点では、「億り人」を目指す必要は無い。従って、出来る範囲の金額を積立投資をして、暴落時にリスクを取って追加投資する必要も無い。

 また、老後資金が気になる年代になれば、そこそこの貯金もあるだろうから(と思いたい)、2年分の生活費を貯めることなく、すぐに投資信託で積立投資を始めることは可能である。

 その意味で、給与天引き⇒積立投資⇒ほったらかし投資で持ち続ける(stay in the market)という著者の手法は大いに参考になると思われる。

 私としては、サラリーマンの資産形成に関して、本書で最も大切と感じたところは上記23)の「何でも自分で考える」という点だと思う。というのは、サラリーマンはやることが決まっているので、優秀な人であっても、全く仕事と関係が無い分野について「何でも自分で考える」ことが出来るかどうかは疑問だからである。

 このあたりは、自分で本を読んだり、人に聞いたり、FPや金融機関を訪問した上で情報収集し、自分で投資に関する知識と判断力を培うことが求められるだろう。

 私の場合も、全くできていないのが「保険」であって、今の保険をどうすべきかについてはノーチェックのままである。これについては、保険の窓口とかで情報収集をした上で、FPに相談するなどして、何とか見直そうと思っている。